おねむなおはなし

日々の気付きとトキメキ

大アルカナについて

 

やあ、夏をやってるか?

こちらはお取り寄せしたお菓子について記載した時のみアクセスカウンターが回るブログです。みんな目に見える現実が好きだね。わたしも好きだよ。

 

でもわたしは顕在意識や五感で感じ取れるもの以上の何かの存在を信じているので、今日も元気に全く誰も読まないであろうタロットの話をするよ。今日は大アルカナの話です。

 

◆小アルカナについて

◆コート・カードの逆位置について

 

これまでこの2つについて書きました。それはもう独断と偏見がパンッパンに詰まった内容になっていると思いますのでぜひご覧ください。そう言うならリンクくらい貼れや!というその気持ち、わたしもよく分かります。しかしなんとスマホアプリで執筆するとそういう芸当が行えないのです。じゃあパソコンで書けや!というその気持ち、それもよく分かります。ただパソコンを使うとゲロを吐いてしまう体質なので申し訳ないのですがそのうち気が向いたら鼻でもほじりながらリンクを貼っておこうと思うのでどうぞご容赦ください。こんなどうでもいい部分に文字数を割くからこのブログは万年アクセス数どん底日和なんでしょうね。ハハハ。

 

はい、ここまで読まなくて大丈夫です。

本題はここから。

 

 

小アルカナが日々の日常が描写されているのだとしたら、大アルカナは人生の核となるような心理的、精神的、哲学的な大変重要な面を描写しているといえます。

 

もともとタロットは大アルカナだけで構成されており、歴史の中で小アルカナが加わったそうです。カードの絵には一枚一枚タイトルと数字がつけられており、非常に美しい絵が描かれています。機会があればぜひ手にとってご覧になってみてください。

 

大アルカナがリーディングに出てくるときというのは大変重大な精神的或いは心理的な問題が質問に対して関わっていると考えることができるように、大アルカナというものは精神の重要な機微をシンボリックに表し、教えてくれているといえます。

 

たまにドラマや映画などでタロットを使った演出などを見かけることがありますが、注意しなければいけないことはタロットの抽象的な概念や本質を安易に感覚だけで捉えるのは難しいということです。

例えば、「死神」のカードが出たからといって質問者に死が迫るなどという解釈は少々疑問です。なぜなら「死神」のカードに日の出の様子が描かれているように、新しいスタートをきるという意味を表すことのほうがずっと多いカードだからです。

 

 

以上、今日は大アルカナについて軽くお話しました。まだまだ話したいけどお腹が空いたのでまたいつか。

 

今日はここまで。

ありがとうございました。

 

 

追伸:いつもお星様をくださる皆様ありがとうございます。よい夏を。ぐっどばい。